2020年以降、特にコロナの影響でソーシャルディスタンスを保った交流が求められるようになり、若年層を中心にメタバース(Metaverse)空間をリアルに代わる交流の場としての活用する動きが注目されるようになってきました。Metaverseとは、「Meta(高次元の)」と「Universe(宇宙)」を組み合わせた造語で、自分好みに分身のアバターを着飾って、リアルタイムに交流できることが特徴です。大手コンサルティングファームのMcKinsey & Companyによると、メタバース市場は2030年までに550ドル相当の市場規模に拡大すると予測されています。特に、Eコマースや広告の占める割合が高いと見込んでおり、いずれEコマース売上の25%はメタバースに移行するとしています。
今後、メタバース上での販売の可能性が示されるなかで、ブランドや小売がメタバース上に店舗を設け商品の売買を行う「メタバースコマース(メタコマース)」の取り組みが増えつつあります。これまでのオンラインショッピング体験との違いとしては、顧客が友人と一緒に買い物ができることに加え、メタバースス上の店舗では3D画像で商品を展示することから、実店舗での買い物のように商品を手に取って確認できるなど、よりリアルなショッピング体験の提供が可能となります。
このような新しいオンラインショッピング体験の提供以外に、ブランドや小売がメタバースコマースに取り組む理由は大きくふたつ挙げられます。ひとつは、若年層へのリーチ拡大です。特に、この世代にリーチすることに苦戦していたラグジュアリーブランドは、いち早くメタバースコマースに参入しています。定番商品をメタバース内でデジタルアイテムとして販売、また、ブランドの世界観をイメージした友達と一緒に遊ぶことのできるメタバース内アクティビティの提供で、普段店舗を訪れない若い世代にブランドと親しみを持ってもらうことを目指しています。もうひとつの理由としては、メタバース上での購買行動がリアルにも影響を与えることが挙げられます。Robloxとファッション専門学校のParson School Of Designが共同で実施した 調査 によると、回答者の約70%はアバターが実際の自分と似たファッションをしており、同じように70%がアバターで得たファッションのインスピレーションを実際の服装にも活かしていることが明らかとなりました。
メタバースコマースの取り組みとしては、既存の商品をデジタル化しメタバース内で利用できるアイテムとして販売することが主流となっています。特に、これまで接点を設けることができなかった若年層にリーチすることができると見込み、ラグジュアリーブランドが積極的に取り組んでいます。なかでもGUCCIは早くからこのような取り組みを進めていることで、注目を集めてきました。
GUCCIでは、若年層とのタッチポイントを構築するにあたり、同世代が利用するアバターやゲーミングプラットフォームと積極的に協業し、デジタルアイテムを販売してきました。特に話題を集めたのは、2021年にRobloxに期間限定でオープンした"GUCCI Garden"です。GUCCI Gardenは、ブランド生誕100周年を記念にオープンしたエリアとなっており、GUCCIのクリエイティブな世界観を楽しむことができます。エリアの新設に加え、同社では実在する商品をRoblox向けデジタルアイテムとして数量限定で販売。約1時間しか販売されなかったという同ブランドを代表するバッグの「Dionysus」は、現実での販売価格の約1.2倍となる約4,115ドルで取引されるほど人気を集めました。
<Robloxで販売されたDionysusのイメージ>
また、Nikeも数年前から、オンラインゲームでのアバターパーツの販売といった取り組みを始めています。例えば2019年にはFortnite上で、Nike Jordanを期間限定で販売しました。2021年には、Zやα世代などの若年層の間で人気なオンラインゲーム「Roblox」内で「NIKELAND」を開設しています。ユーザーは鬼ごっこやドッジボールといったゲームで遊ぶことで、メタバース内通貨のRobuxを稼ぐことができ、さらに NIKELAND内に設置されたストア(Robloxのオンラインマーケットプレイスと連携している)で、Nikeブランドのアバターパーツを購入することができます。またNIKELANDツールキットを使い、好きなスポーツをミキシングして自作のミニゲームを作ることもできます。
Nikeでは、NIKELANDの認知度向上のために、ニューヨークの旗艦店でNIKELANDをリアルに体験できるコーナーを設けたほか、NIKELAND内で人気バスケットボール選手Revlon James氏と一緒に遊ぶことのできるイベントなども開催しました。同社では、このような取り組みを通じてターゲット層のリーチ拡大やエンゲージメント向上に繋げることに成功しているとみています。
<NIKELANDで販売する商品のイメージ>
情報源:Nikeプレスリリースより「ロブロックスにNIKELANDが誕生」(2021/11/21)
メタバースでの行動は、いずれ実世界の行動にも影響を与えることが期待されるなかで、すでにメタバース内で実商品への販売に繋げる仕組みを取り入れているブランドも登場しています。
米アパレルTommy Hilfigerでは、2022年に世界で初めて開催されたMetaverse Fashion Weekに参加しました。同イベントは、ブロックチェーン上に開発されたメタバースのDecentralandが主催しているもので、Tommy Hilfigerは2022年春コレクションを発表しています。同ブランドは、Decentraland内にポップアップストアを構築しコレクションの展示スペースを設け、3Dモデリングでロゴ入りの定番商品や新作コレクションを再現して披露しました。これら商品については、NFTとしてDecentralandのオンラインマーケットプレイスを経由して販売しています。ユーザーはNFTを実物の商品と引き換えることができ、これにより実際の商品の販売にも繋げました。
< Tommy HilfigerがDecentraland内に出店したポップアップストアのイメージ>
また、化粧品ブランドのBUXOM Cosmeticsでは、2023年に入りDecentraland内に"BUXOM PLUMPVERSE"を新設しました。同ブランドの代表作でもある、リッププランパー"Plump Shot"をメタバース内で試すことができます。利用者は、BUXOM PLUMPVERSE内でARを用いて商品を試すことに加え、用意されている様々なゲームを遊ぶことで、POAP(Proof of attendance protocol;参加した証明をNFT化したもの)を取得できます。POAP保有者に対しては、毎月BUXOM製品の無料サンプルや割引サービスの提供することで購買に繋げることを狙います。また、6か月連続でPOAPを取得した利用者に対してBOXUM Cosmeticsの商品を1年分プレゼントするキャンペーンも同時に開催しています。
< BUXOM CosmeticsのPlumpverseのイメージ>
情報源:BUXOM Plumpverse(2023/02/08)